語り継がれる映画とは。

語り継がれる映画とは。

最近、有料の衛星放送を契約しました。

いろんな映画がラインナップされていまして、レンタルビデオ屋であえて借りるなんて事も無い様な昔の邦画なんかも多く放映されています。

それを見ていて思うのですが、70年代から80年代くらいの邦画の演技ってクセがあるのが多くありませんか?

「先生よぉ、?じゃんかよぉ!」「おいら、?だぜ?」と、今使ったら失笑間違いなしといった言葉遣いを平気で使っていて、なんだか不自然でなりません。

当時は外でもそういう言葉使いをしてたのでしょうか?

おそらくは脚本家の文章をそのまま喋っているだけなのではないでしょうか?

黒澤明監督の映画を見ていると、現代を舞台にした作品であっても、そんな言葉遣いは聞いた事がありません。

台詞もどこか説明的で、「俺がこうだから、こうなったってわけ」という言葉で解説してしまっているので、文字を追い掛けているだけなんですよね。

映画文法の一つに『モンタージュ理論』というものがあります。

これは単体では何の意味も持たないA、Bという別々の映像を組み合わせる事によってCという新たな意味が生まれる、という手法です。

これをうまく使う事でワザとらしい余計な台詞を言わせずに済みますし、観客がはっきりと映像イメージで状況を認識できるので、映画に入り込みやすくなります。

そんな手法をほとんど用いずに作られた古典邦画が、今の時代に名作として放映されている事にやや疑問を持ちます。

もちろん全部が全部とは言いませんし、映画の多くは娯楽作品なんですから、楽しければそれで良いというのも分からなくはありません。

ですが、結果として今の若い人達に受け入れられる様な名作だとは言い難い部分があります。上映当時に若者だった人達が、かつて共感し、今それが思い出として美化されている可能性だってあります(失礼かもしれませんが・・)。

しかし10年前の作品を見ていると、当時夢中になって見たドラマも、今見ると違和感があるのは否めません。映像技術の進歩による古くささもあるでしょうが、今でもなお通じる演技を見せてくれる作品も多数あります。

語り継がれる作品には、時代を超える素晴らしさがあるのではないでしょうか。

それは永遠に変わらない本質を表現した作品なのだと思います。

サンマリエ

働いてくれている人に感謝の意を

「こんにちは! 配達です!」

「おぉ、こんにちは。いつもお疲れ様」

休日の昼間、私が庭で作業しているといつもその配達業者の青年が訪れます。娘がこの時間に指定していつも荷物の配達をお願いしているからです。毎週のように訪れているのでもう、私とも顔馴染みです。

「暑いから辛いだろうねぇ」

「えぇ、まぁ。渋滞とか酷いですからね。でも仕事ですから!」

彼は余計な世辞や強がりは言わない素直な青年です。そこがまたいいんです。クーラーのきいた部屋でお茶を出し、暫し雑談でもしたいと思うくらいの好感です。しかし彼は仕事中。忙しいからそんな時間は無いでしょう。

「はい、ご苦労様!」

そういって私はいつも、自宅で涼んでいってもらえないかわりに冷えた清涼飲料水をプレゼントしています。彼はそれを素直に喜んで受け取ってくれます。

「いつもありがとうございます!」

元気に感謝すると彼は、配送トラックに戻って次のお宅へと向かいます。

こうやって感謝の気持ちを働いている人にあらわすのは、凄く大切なことだと私は思います。なぜかって、それは簡単です。その人が自分の為に時間や労力を割いてくれているからです。

仕事だから、お金を払ってるから受けて当然のサービスという考えは絶対に駄目ですね。お客さんとして最低の行為です。「ありがとうございました!」といわれたら「こちらこそ!」と言える対等の立場になり、感謝するのが正しいお客さんのあり方なのです。

特にインターネットを介して行なう取引や商売はそれを見失いがちです。パソコンの画面でボタンクリックで注文し、長々とした注文受付のメールなどはまったく目を通さずにただ配送を待って受け取るという流れになりがちです。

それは普通にお店に出向いて店員さんと会話して買い物をするということに比べて機会的なものと感じやすいため、まるで人間などどこにも関わっていないのではという気持ちにもなってしまいがちです。

しかしそこには、普通のお店と同じく注文を受ける人がおり、その配送手続きをする人がおり、そして手元まで持ってきてくれる配送業者の青年がいるのです。そういった人たちが動いてくれたお陰で自分は商品を手にしているということを見失ってはいけません。しっかりと「お願いします」という気持ちを持って注文し「ありがとう」という気持ちで受け取らなくてはいけないのです。

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